本研究課題は、量子力学における特異点の数理的把握とその物理効果を探求することを目的とし、これを達成するために、(1)量子特異点のある多体系の統計的な性質、(2)量子特異点と量子可解系、及び(3)量子特異点と量子情報の関連の3つのトピックについて、綜合的な観点から研究を行った。 まず(1)の量子特異点のある多体系の統計的性質については、1次元量子井戸系における特異点を、粒子を遮断する仕切壁と見て、その物理的効果を粒子の統計性(ボソン及びフェルミオン)を変えて調べたもので、粒子数と量子圧、温度依存性の間に簡単なスケーリング則が成立することを発見した。これらの結果は粒子の統計性に大きく依存し、従って量子特異点を用いる量子井戸の性質の測定により、その構成粒子の統計性を間接的に知る可能性を示唆するものである。また(2)については、特異ポテンシャルを持つ可解系の典型例として良く知られたCalogero系を考察し、一般的な特異性の下では新しい量子解が許されることを明らかにした。これは広いクラスの量子特異点を考察することにより、特異点の下で多様な物理が許容されることを示す顕著な例として重要である。さらに(3)については、量子特異点を用いた極めて単純な量子計算の実行が原理的に可能であることを示し(量子算盤:quantum abacus)、かつ量子縺れの応用の観点から量子的なゲーム理論を考察し、その一般論の構成に成功した。この量子ゲーム理論は、一般の量子状態をSchmidt分解に基づく簡明な戦略として実現するものであり、ゲームにおける量子戦略の安定性(Nash平衡解)の分析が容易な点など、近年提案された(2人型)量子ゲーム理論の枠組の中では最も完全で使い易いものになっている。
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