種々の分子軌道計算により、多くの多環式芳香族炭化水素(PAH)の陽イオンラジカルが、極低温の星間空間で2個の水素原子から水素分子が生成する反応の触媒となりうることがわかった。個々のPAHイオンについて見れば、水素原子が結合していない炭素原子上で反応が進行する場合には、反応は遷移状態を経ないで進行する。ナフタレン陽イオンに水素原子が付加して生成する1-ナフタレニウムイオンは、ほとんど活性化エネルギーなしに、メチル、エチニル、ヒドロキシル、NH_2、CH_2、CHなどの水素付加反応を媒介し、メタン、アセチレン、水、アンモニア、メチル、メチレンなどの星間分子を生成することが予想される。また、ナフタレニウムイオンはCNラジカルとも反応し、シアン化水素(HCN)とイソシアン化水素(HNC)の両方を生成すると予想されるが、熱力学的により不安定なHNCを生成する反応経路の方が活性化エネルギーが小さかった。この傾向は星間空間でHNCが予想以上に多く存在するとする観測結果と符合する。当初、反応経路の計算に主としてB3LYP法を用いたが、この計算方法は水素移動反応の活性化エネルギーを過小評価することが判明したので、B3LYPとPMP2を組み合わせた方法およびKMLYP法により反応を追跡した。以上の研究から、星間空間で均一触媒反応により水素分子や星間分子が比較的容易に生成しうることが判明した。しかし、星間化学におけるこの種の触媒反応の重要性を確立するためには、もっと高度の分子軌道計算を行い、関係する化学反応の活性化エネルギーの精度を上げる必要がある。
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