元来極めて不安定な化学種である三重項カルベンを有機磁性材料のスピン源として利用可能にすることを目的として、ジフェニルカルベンのオルト位に立体保護基として種々のアリール基を導入することによって三重項カルベンの安定化を試みた。即ち、オルト位にアリール基を有するジフェニルカルベンの前駆体として対応するジアゾ化合物を合成し、その光分解によって発生するジフェニルカルベンの特性化を行い、その安定性について検討した。 1.先駆体ジアゾ化合物の合成:オルト位にピリジル基を有するジフェニルジアゾメタンを合成した。 2.ESRスペクトルによる三重項カルベンの観測:77K、2MTHF中オルト位にピリジル基を有するジアゾ化合物の光分解を行ったところ、対応する三重項ジフェニルカルベンによるシグナルが観測された。このマトリックスを徐々に昇温するとカルベン由来のシグナルは120Kで消失した。 3.低温でのUV/visスペクトルによる三重項カルベンの観測:77K、2MTHF中上記ジアゾ化合物の光分解を行ったところ、三重項カルベンに由来する吸収が336nm付近に観測され、この吸収は100Kまで観測できた。 4.室温でのレーザー閃光光分解による過渡種の観測:室温脱気ベンゼン中上記ジアゾ化合物のレーザー閃光光分解を行ったが、低温マトリックス中で観測された三重項カルベンに由来する過渡吸収は観測されず、光分解生成物である2-アザフルオレン誘導体のT-T吸収のみが観測された。 以上の結果、低温マトリックス中における観測から、上記三重項カルベンは母体ジフェニルカルベンよりもかなり安定であるが、室温のレーザー閃光光分解では殆ど発生していないことが示された。また、前年度に観測したオルト位にフェニル基を有するカルベンと比べると、その安定性には殆ど差がないことが示された。
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