本研究では、ビスマスやアンチモンのような重いヘテロ原子を金属中心とし、非交互共役系炭化水素であるアズレンを配位子に用いることで、それぞれ個別的に検討が進められて来たヘテロ原子、ならびにアズレンの化学を合体し、複合的な化学性を見出すとともに新規機能性物質の創成を目指している。これを達成するために、本年度はまず、アズレニル基を有するビスムタン、ならびにスチビンの合成に着手し、合成法の確立とその単離に成功した。続いて、これらの3価ヘテロ原子化合物を酸化的ハロゲン化により5価ジフルオリド、ジクロリドへ誘導することにも成功した。溶液状態において、3価化合物は青色であるのに対し、5価ジハライドは緑色を呈しており、金属中心の原子価数が3価から5価に変化することで、アズレニル基の電子構造に変化が起こっているといえる。UVVisスペクトルより、アズレンの電荷移動吸収帯に相当する最長波長部吸収帯(ca.640nm)のε値は3価に比べて5価の方が常に大きいことから、5価化合物のアズレニル基において高度な電荷移動状態が誘起されていることが明らかとなった。^<13>C-NMRスペクトルより、3価化合物の場合に比べ5価ジハライドでは、5員環部炭素原子のケミカルシフト値が高磁場側に、7員環部炭素原子が低磁場側にシフトすることも高度な電荷移動状態の発現と矛盾がない。X線結晶構造解析の結果、5価ジフルオリドではアズレニル基の5員環部と7員環部でπ-πスタッキング相互作用が見られ、無限の層状構造を成した分子集合体(超分子構造)の形成が確認された。3価化合物ではそのような相互作用は全く見られないことから、5価ジハライドのアズレニル基において高度な電荷移動状態が発現していることを明示することができた。 これまで、遷移金属を用いて様々な分子集合体(超分子)が構築されているが、典型元素(ヘテロ原子)の原子価変化を利用した系は概念的にも斬新で例がない。また、ベンゼン系などの交互共役系配位子に基づくこれまでの分子集合体とは異なり、アズレンのような非交互共役系の電子特性を活かした系は全く検討が行われていない。ヘテロ原子と非交互系炭化水素という広範囲にわたって構成単位を求めながら電子系を創出するという見知からすれば、国内外を問わず、稀で有意な独創的研究結果である。
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