第三周期以降の典型元素化合物の研究において、嵩高い置換基を導入し速度論的に安定化された種々の典型元素化合物が合成され、近年注目を集めている。我々は電気陽性なスズを中心官能基化元素に選び、剛直なトリプチセン(Trp)骨格を3つ有するトリス(9-トリプチシル)スタンニル基(Trp3Sn-)を新しい立体保護基として用いる検討を行ってきた。昨年度までに、スズ上に典型元素官能基の導入検討を行い、初めての安定なスタンナンチオールやアシルスタンナンなどの合成単離等が可能となった。 チオール体の酸化反応により対応するスタンナンスルフェン酸(Trp3Sn-SOH)の合成に成功し、その結晶構造を明らかにし、このスルフェン酸の熱分解反応における速度論的検討から、Sn-S-Oの3員環を含む超原子価遷移状態を経由して対応するアルコール体を定量的に与えることを見いだした。 一方で、この置換基のスズ原子上に導入した官能基の変換反応は、新しい官能基の性質を知る上で重要であるが、立体障害のため困難であった。例えば、合成したアシルスタンナン類と有機リチウム試薬との反応では、スズ上でのアート型錯体形成と続くアシルリチウムの発生を確認できたものの、カルボニル炭素上は求核試剤との反応性を示さなかった。また、Trp3Sn-基を複数個典型元素上に導入する検討は困難であったため、スズを官能基導入元素とする新たな立体保護基の開発に着手した。3つのTrp基の一つをメチル基に置き換えたTrp2MeSn-基、およびトリプチセン骨格をエテノアントラセン骨格(ジベンゾバレリル基Dbb-)に換えたDbb3Sn-基をそれぞれ合成した。これらの置換基では立体保護効果を保ったまま反応点における立体障害を軽減出来ると期待され、実際スズアニオンの発生がより温和な条件で可能となった他、ジチオエステル等の新しい化合物群の合成が可能となった。
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