試料としてFe_2(C_2O_4)_3・6H_2O、[LaFe(C_2O_4)_3]・9H_2O、[bipyH][Fe(C_2O_4)_2(H_2O)_2]・H_2O、[phenH][Fe(C_2O_4)_2(H_2O)_2]・H_2O、(Hpy)_2[Fe_2(C_6H_4O_7)_2(H_2O)_2]、(Hbpiy)_2[Fe_2(C_6H_4O_7)_2(H_2O)_2]及び(Hphen)_3[Fe_2(C_6H_4O_7)_3]などの鉄錯体を合成し、^<60>Coのγ線を用いて照射した。Fe_2(C_2O_4)_3・6H_2Oや[LaFe(C_2O_4)_3]・9H_2Oにおいて、新規鉄(II)錯体として高スピン錯体が得られ、メスバウアースペクトルや粉末X線回折の結果から、シュウ酸第一鉄二水和物(FeC_2O_4・2H_2O)であることが確認された。一方、[bipyH][Fe(C_2O_4)_2(H_2O)_2]・H_2O、[phenH][Fe(C_2O_4)_2(H_2O)_2]・H_2Oやクエン酸鉄錯体で観測された、鉄(II)高スピン化学種は単純なシュウ酸第一鉄やクエン酸第一鉄ではなかった。トリスシュウ酸鉄(III)カリウムでは、配位子であるシュウ酸基がC_2O_4^<2->→2CO_2+2e^-で表されるように放射線分解し、放出された電子により、鉄(II)に還元されることが知られている。シュウ酸鉄錯体やクエン酸鉄錯体で2価高スピン化種が得られたのは、同じ理由で説明される。一方、[bipyH][Fe(C_2O_4)_2(H_2O)・H_2O、[phenH][Fe(C_2O_4)_2(H_2O)・H_2O、(Hbpiy)_2[Fe_2(C_6H_4O_7)_2(H_2O)_2]及び(Hphen)_3[Fe_2(C_6H_4O_7)_3]錯体では、鉄(II)高スピン化学種に加えて鉄(II)低スピン化学種も見出された。メスバウアースペクトルから、これらの化学種は、Fe(bipy)_3^<3+>やFe(phen)_3^<3+>イオンであることが同定され、耐放射線性配位子であるビピリジンやフェナントロリンを対イオンとして含んだ場合には、新たな鉄錯体が生成されることが分かった。トリスマロン酸鉄錯体K_3[Fe(C_2H_2O_4)_3]・3H_2Oについても、同様な照射を行った結果新たに鉄(II)高スピン鉄錯体の生成が観測された。K_3Fe(C_2O_4)_3とCo(bipy)_3・Cl_2やCo(phen)_3・Cl_2との混合系では、K_3Fe(C_2O_4)_3自身による鉄(II)高スピン化学種は観測されたが、Fe(bipy)_3^<3+>やFe(phen)_3^<3+>イオンに対応する化学種は得られなかった。このことは、Co-bipyやCo-phenの化学結合の方がFe-bipyやFe-phenに比べて強いため、交換できないことを示唆している。その他、(Hphen)_3[Fe(CN)_6]・5H_2Oや(Hphen)_3[Fe(CN)_5NO]・2H_2Oの系では鉄(II)化学種が得られず、シュウ酸基やクエン酸基などに比べてCN基は放射線に対して強く、放射線分解を受けにくいことによる。 我々は、本研究においてシュウ酸、クエン酸、マロン酸などを含んだ鉄錯体において、放射線誘起による新規な鉄錯体が得られることを明らかにし、その錯体の電子状態について評価した。
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