研究概要 |
通常では平面のポルフィリン環を非平面に変形させると、平面錯体では見られない金属-ポルフィリン相互作用が可能となり、その結果、特異な電子的および磁気特性を有するポルフィリン金属錯体が生じる。本研究はテトラアルキルポルフィリン、オクタエチルテトラフェニルポルフィリンなどを用いポルフィリン環を非平面に変形させることにより「新規な電子配置と磁気特性」を有するポルフィリン鉄錯体を合成し、その物性を明らかにすることを目標としたものである。 非平面ポルフィリン鉄(III)錯体は平面錯体に比べ中間スピンを安定化させるため、中間スピンの割合をNMR化学シフト値を用いて算出することが可能である。この方法により一般的には決定困難な「弱い酸素系配位子の配位子場の強さ」を決定することに成功した。 広範な鉄(III)錯体の^<13>C NMR化学シフト値から、2003年に報告した二種類の中間スピン錯体、(d_<xy>)^2(d_<xz>,d_<yz>)^2(d_z2)^1と(d_<xz>,d_<yz>)^3(d_<xy>)^1(d_z2)^1、に関するより詳細な性質を明らかにした。 結晶構造を制御することにより鉄(III)錯体の磁気特性を変化させることを試みた。ポルフィリン環周辺に嵩高い置換基を導入し、結晶中での分子のパッキングを調整することにより、S=3/2とS=1/2間のスピンクロスオーバーを自在に制御することを試みた。また、これまでS=5/2,3/2混合スピンは一つのスピン状態として考えられていたが、実際にはS=5/2とS=3/2の速いスピンクロスオーバー錯体であることを極低温におけるEPRおよび磁化率の測定により初めて明らかにした。 軸配位子としてイソシアニドを持つ低スピン鉄(III)錯体は(d_<xz>,d_<yz>)^4(d_<xy>)^1の電子配置を示す。しかしポルフィリンの代わりにジアザポルフィリンを用いると、鉄(III)の電子配置がtheから(d_<xy>)^2(d_<xz>,d_<yz>)^3に変化することを見出した。すなわち、イソシアニドを軸配位子に持つ二種類の低スピン錯体が得られたことになる。この結果を利用すれば、イソシアニドをプローブとして用いることによりヘムタンパク質中の鉄(III)イオンの詳細な電子状態を明らかにすることができ、ヘムタンパク質の作用機構解明のための重要な手段となることが期待される。
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