研究概要 |
本研究では半導体ナノ構造中でスピンエレクトロニクス素子と量子計算機を実現する上で必要となる電子スピン制御に関して基礎的研究を行った。特に(1)実空間スピン輸送における電子-電子散乱の寄与と、(2)スピン空間におけるスピン回転制御の、2点に焦点を当てて研究を行った。 実空間スピン輸送の研究においては16年度に電子-電子散乱とイオン化不純物散乱を含む輸送方程式を解いて低温における2次元電子系の輸送係数(スピン依存移動度と拡散係数)を求め、更に17年度には輸送係数の温度依存性を求めるために輸送方程式に電子-フォノン散乱の寄与を含めた。2次元系に関してこれらの数値解の計算がほぼ終了しつつあり、スピン偏極電子系の輸送係数における電子-電子散乱の寄与と不純物散乱とフォノン散乱との相対的寄与を定量的に見出すことが出来た。計算結果によれば電子-電子散乱は確かにスピン輸送に影響することが示され、電界によるドリフト輸送に比べると密度勾配のある系における拡散輸送において、電子-電子散乱からの寄与が顕著になる。温度の上昇とともに電子散乱の寄与は増加するが同時にフォノン散乱からの寄与も大きくなり、この2つの競合で温度上昇時の輸送係数が決まってくる。 この効果は上記のように密度勾配のある系で顕著であるが、実験では円偏光パルスによって光励起されたスピン偏極キャリアー分布の時間変化を測定することにより検出できると期待される。これを検証するために実空間モンテカルロシミュレーションを行った。現在のシミュレーションにおける散乱の取り扱いは近似的なものであるが、電子-電子散乱がある場合にはキャリアー空間分布の時間変化に差があることが示された。 またスピン回転の実験への準備としてInGaAs/GaAs,GaAs/AlGaAs系の測定用サンプルの成長を行ったが結晶の品質あるいは構造に問題があり、残念ながら測定を行えるサンプルは得られていない。また、実験方法としてマイクロ波を使わずにOptical Stark効果を使った方法が提案されており、これは今回準備しているサンプル構造でも検出可能かを検討した。
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