多自由度のラチェットモデルを計算機シミュレーションによって解析した。具体的には (1)2次元の運動自由度を持ったブラウニアンモーターが多数結合した系を取り上げた。2次元の運動が許される大規模な系に対して計算機シミュレーションを行なった。この際運動の方向が2次元的に許されるようになっても結合したラチェトモデルは少々その進行方向に揺れが生じるけれども全体としてそれらが持つ動きやすい方向にそろって進んでいくことがわかった。さらに、分子モーターの運動の方向の変化を調べると、結合するモーターの数が少ない場合はその進行方向が煩雑に変化するけれども、十分に多くの数のモーターを結合させるとほぼ一定の方向に進むようになることがわかった。このことは分子モーターの生物学的な(in vitro)実験でよく使われるin vitro motility assay (in vitro滑り運動測定系)における分子モーターの運動方向に関する実験結果と一致し、実験結果を定性的に説明できた。また、ラチェットポテンシャルの空間的周期を変化させることで、滑り運動測定系におけるミオシン分子の密度の変化に対応させ、(周期が大きいほどミオシンの密度が小さい場合に相当し、周期が小さくなると密度が大きい状況に相当する)分子モーターの速度がミオシンの密度が小さいうちは密度が増すと共に速度が増加し、ある程度以上に密度が大きくなると速度が飽和するという実験結果をこのモデルで定性的に説明できた。さらに、各モーターの内部自由度やトルクの発生に関しては今後の課題といえる。 (2)粒子の混合物の分離への応用を考えるため、底がラチェットポテンシャルの形をした容器に粒子を入れ、重力のもとで上下に揺らすモデルを計算機シミュレーションによって調べ、その分離の効率を調べた。扱った系は鉛直面内を重力場中で運動する2次元剛体円盤系である。質量と半径の違う2種類の多数の剛体粒子を容器にいれて重力場中で上下に加振する計算機シミュレーションを行った。容器の底の傾きをうまく調整することによって2種類の粒子がそれぞれ反対の方向に平均として進むように設定でき、さらに分離の効率(2種類の粒子がそれぞれ容器の反対の端へ到達する割合)を非常に高くするように設定のパラメーターをきめることに成功した。しかしながら、全体の粒子数が多い場合には分離の効率が落ちる。この点に関しては今後の課題と言えよう。 これらの2つの成果は、2004年8月にウィーン大学シュレーディンガー理論物理学研究所で開かれた国際シンポジウム Stochastic and Deterministic Dynamics in Equilibrium and Nonequilibrium Systemsにおいて口頭発表を行い、たいへん興味深い研究等々の様々な反響があった。また、日本物理学会(9月青森)でも発表している。
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