藻類や植物の葉緑体に存在するチラコイド膜は、光合成の初期過程の場であり、おもにタンパク質と脂質によって構築されている。脂質としては、この膜に特徴的な糖脂質とリン脂質の一種であるホスファチジルグリセロール(PG)が存在し、それらの脂質はチラコイド膜に疎水的な場を提供するばかりでなく、光合成の初期過程を担っているタンパク質複合体のアセンブリーや安定化において重要な役割を担っているものと考えられる。本研究では、ラン藻Synechocystis PCC6803のPG合成欠損株を用いて、チラコイド膜に唯一のリン脂質として存在するPGの生理機能の解析を行っている。この変異株は、PGを添加した培地では野生株と同様の光合成活性や増殖能を有するが、PGを含まない培地に移すと、チラコイド膜のPG含量の低下にともなって光合成活性が低下し、やがて増殖が停止する。本年度は、このPG合成欠損株を用いて、PG含量の変化にともなう光化学系II複合体のモノマーとオリゴマーの割合とタンパク質組成の変化を総括的に分析した。PGを添加した培地で培養した変異株の細胞をPGが含まれない培地に移して培養すると、PG含量の低下にともなって光化学系II複合体のモノマーが蓄積し、PGを再添加するとモノマーがダイマーに変化した。この結果から、PGが光化学系II複合体のダイマー化に関わっていることが明らかになった。また、PG含量の低下した変異株の細胞から光化学系II複合体を調製し、野生株と比較したところ、変異株では表在性タンパク質として知られているPsbU、PsbV、PsbQ、Psb27、PsbOの量が著しく低下していることが明らかとなった。この結果は、表在性タンパク質の光化学系II複合体への結合にPGが必要であることを示しており、PGが光化学系II複合体のアセンブリーに寄与していることを明らかにした重要な知見である。
|