カイコガの食道下神経節には、フェロモン生合成活性化神経ペプチドおよびFXPRLamide類に免疫陽性細胞が3群存在する。これらの神経分泌細胞は蛹後期に数十分周期の発火活動を継続しており、その活動リズムは発達中の飛翔筋の電気的活動と非常によく同調していた。このような発達中の飛翔筋の周期的電気活動は他の完全変態昆虫類の蛾、ハエ、ハチ、甲虫類においても共通して観察されたが、不完全変態昆虫のバッタでは観察されなかった。このことは電気的な活動が飛翔筋の発達・成熟に重要であることを示唆する。電気的活動の筋発達に与える影響を調べるために蛹中期に片側の飛翔筋神経の切断をした。切断側の羽化後の飛翔筋重量は正常側に比べて10%少なく、筋収縮速度も有意に遅かった。また蛹中期で食道下神経節の除去を行って、羽化後飛翔筋の解糖系酵素と脂肪酸代謝酵素の活性を調べたが大きな変化は見られなかった。神経内分泌系と飛翔筋の周期的活動の同調の機能的意義を探るために、神経分泌細胞に共局在する神経ペプチドの探索および神経分泌細胞の発火リズムと同調する他の筋組織の探索を行った。カイコガのPBAN免疫陽性細胞には筋刺激作用のあるFMRFamideとBombyx myosuppressinが共局在し、ゴミムシダマシのそれにはFMRFamideとpigment dispersing factorが共局在していた。ゴミムシダマシ(Tenebrio obscures)のFXPRLamide免疫陽性細胞の周期的発火は飛翔筋に加え、腹部の呼吸(屈曲)運動や内臓筋の運動リズムと同調していた。このような結果から、食道下神経節の神経分泌細胞から分泌されるペプチドホルモンは、少なくとも腹部筋など呼吸・循環に関わる筋組織に作用してその働きを増強し、蛹期間に急速に進む飛翔筋やその他の成虫組織の形態形成に間接的に関与していると考えられる。
|