研究概要 |
クマネズミ属(Rattus)の中でも最大の分布域を持ち、形態学的核型的に多くの異なる地域集団が存在するクマネズミ(Rattus rattus)について、その種内の遺伝的多様性について解析を行なった。クマネズミはアジア型とオセアニア型に大きく分けられ、それぞれ染色体数は2n=42,2n=38である。日本列島から小樽、東京、宮崎、志布志、鹿児島、小笠原(母島、父島)の6集団についてミトコンドリア遺伝子cytb(1140bp)、核遺伝子IRBP(1152bp)の塩基配列の変異に基づき、遺伝的分化の度合いについて調査を行なった。その結果、cytbの変異からは、核型変異に連動し、およそ3.8%の塩基置換度を持つハプロタイプ群に分けられることが判明した。ただし、鹿児島においては、形態や染色体はアジア型であるにもかかわらず、cytb遺伝子のタイプは明らかに小樽タイプ、つまりオセアニア型であった。鹿児島においては雑種形成後、異なるグループのミトコンドリアDNAが持ち込まれたことを示している。さらに、二つの染色体グループ間では妊性のある子孫を形成能があることを示唆している。核の遺伝子の解析から、クマネズミには3つの異なる系統が存在することが明かとなった。そのうち二つはアジア型、一つはオセアニア型に属した。クマネズミには少なくとも3グループが存在し、日本列島にはそれぞれ異なる地域からの移入があったのであろう。小笠原は3つのグループが共存した。したがって、小笠原にはアジア型だけではなく、オセアニア型が移入し、雑種形成を行なったことが強く示唆された。今回の研究は日本列島のクマネズミの遺伝的多様性の状況を明らかにするとともに、異なる核型グループ間の遺伝子の交流様式についての知見を与え、さらに、核遺伝子の塩基配列が系統地理学的マーカーとして有用なものであることを示した点で重要である。
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