ミトコンドリア呼吸鎖複合体Iは、呼吸鎖の最上流部に位置し、NADHからユビキノン(Q_10)へと電子を伝達するとともに膜を介したプロトンの輸送を行なう。ウシ酵素の場合、異なる43種以上のサブユニットからなる分子量100万以上の巨大な膜タンパク質複合体である。本酵素の反応機構を明らかにするためには、この巨大膜タンパク質の全体のX線結晶構造の情報が不可欠である。そのためには酵素本来の構造と機能を保持したまま精製し、結晶化する必要がある。本酵素はミトコンドリア膜中に存在するときはピエリシジンAやロテノンによって活性阻害を受けるが、可溶化され、一部変性を受けると感受性を失ってしまう。そこでこれらの阻害剤に対する感受性をもとに精製法の改良を更に進めた。本酵素をミトコンドリア膜から可溶化する際にデオキシコール酸だけでなくドデシル及びデシルマルトシドを用いると、これまでに比べ2倍以上の高い活性を示した。また、精製の最終過程でミトコンドリア脂質組成に近い脂質を添加すると酵素当たり常に約200のリンに相当する脂質が結合した。添加するリン脂質量にかかわらず、常に200個のリンに相当するリン脂質が結合し、活性が上昇したことはこれらのリン脂質が構造の安定化に必要であることを示している。 精製酵素はこれまでのHatefiやWalkerらのグループの報告に比べ2倍以上の高い活性を示した。得られた精製標品は脂質を添加し透析を行なうと限られた面積ではあるが2次元に並ぶ様子が観察され、また、蒸気拡散法によって3次元結晶化を試みたところ、酵素の特有の色を持ったタンパク質の結晶様のものが確認された。
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