GTPaseスーパーファミリーに属するセプチンは酵母の分裂と極性維持に不可欠な一群の細胞骨格蛋白質として発見された。ヒトやマウスのセプチン細胞骨格系はSept1-12遺伝子産物からなるヘテロ多量体フィラメントを機能単位とし、その高次集合性と関連分子との相互作用によって多様な役割を果たす。これまでに収縮輪やストレス線維などのアクチン構造、小胞分泌・膜融合機構、染色体分配機構などの支持装置として、また細胞膜上で流動する膜蛋白質の拡散障壁として、細胞膜近傍の微細形態の形成・維持・変換を行うことが判明しつつあるが、セプチン系にはまだ解明されていない機能が多いと考えられる。酵母のセプチンリングのような典型的な環状セプチン高次構造体は高等動物では知られておらず、セプチン高次構造の重要性も培養細胞以外では確立していなかった。そこで、高等動物におけるセプチン系の生理的意義を探索・検証するために、セプチンサブユニットの1つであるSept4を欠損するマウスを作成した。Sept4欠損マウスに見られた複数の異常形質のうち、最も顕著な雄性不妊に焦点を絞り、その原因となる精子無力症(構造脆弱性と低運動能)の分子機構を解析した。哺乳類の精子には外径約0.5-0.6・mの高電子密度の構造物(輪状小体、annulus)が存在することが知られていたが、その構成成分や存在意義は不明であった。蛍光抗体法と電子線解析により、1)複数のセプチンサブユニット(Sept1/4/6/7)が輪状小体に集積すること、2)Sept4欠損マウス精子が輪状小体を欠くこと、3)ヒト精子無力症患者の一部において、精子が輪状小体を欠くことを見出した。本研究およびこれに先立つ一連の研究(後述)により、高等動物におけるセプチンリングの存在と、医学・生物学的意義が確立された。
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