器官形成の過程では細胞の増殖・分化は正確に制御されており、生み出された細胞が個々の形質に応じて適切な位置に配置されることで機能的な組織が形づくられる。我々はこれまでの研究において、分泌性のシグナル分子であるWnt2bが網膜の再集合培養の系で正しい層形成を誘導する事が出来る事、さらに実際の生体内では網膜幹細胞の維持に関わっている事などを明らかにして来た。本研究においては、これらの成果をさらに発展させ、どのようなシグナルが細胞内に伝わる事で幹細胞としての性質が維持されるかについて詳細な解析を行なった。 神経細胞の分化はプロニューラル遺伝子と呼ばれる一群の転写因子によって促進され、その活性はNotch受容体からのシグナルで抑制されていることが知られている。そこで網膜幹細胞においてWntのシグナルとこれらの細胞分化抑制機構がどのような関係にあるかを調べたところ、興味深い事に、WntにはNotchの活性に非依存的にプロニューラル遺伝子の活性を抑制できることが明らかとなった。さらにWntの下流で働いている遺伝子を明らかにするためにWntのシグナルが活性化している細胞とそうでない細胞の間でサグトラクションスクリーニングを行ない、複数の遺伝子を得る事が出来た。これらのWnt応答性遺伝子の発現を実際の生体内において調べたところ、そのいくつかは網膜の幹細胞で特異的に発現しており、幹細胞においてWntシグナルがはたらいていることをさらに裏付けることができた。また、これまでにNotchシグナルの下流で働いていると思われていたHES1が網膜の幹細胞ではWntによって制御されている事、HES1の機能は網膜幹細胞の未分化性の維持に必要かつ十分である事を明らかにした。また、奈良先端科学技術大学院大学および国立遺伝学研究所との共同研究によって、Tol2トランスポゾンを用いてニワトリの網膜の細胞のゲノムに安定に発現ベクターを組み込む技術を開発する事に成功した。
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