ザリガニの第六腹部神経節から調製した凍結切片を用いたMALDI-TOF質量分析では、オルコキニン、甲殻類SIFアミド、甲殻類心臓作用性ペプチド、十脚目タキキニン関連ペプチドの他に分子量1330や1270といった構造未知の分子イオンが観察されていた。これらペプチドの単離を試みたところ、分子量1330のペプチドは2種類存在していた。分子量1270のペプチドはQ-Tof質量分析計によるMS/MS分析および遺伝子解析から、pGlu-Asp-Leu-Asp-His-Val-Phe-Leu-Arg-Phe-amideと決定した。このアミノ酸配列は昆虫から報告されているマイオサプレッシンと類似していることから、マイオサプレッシン様ペプチドと名付けた。 次に、オルコキニンとその関連ペプチド、甲殻類SIFアミド、甲殻類心臓作用性ペプチド、十脚目タキキニン関連ペプチド、およびマイオサプレッシン様ペプチドの合成品を調製し、肛門からの水の取り込みを調べた。各種ペプチドは10^<-5>Mになるようザリガニ用生理食塩水に溶解し、その20マイクロリッターを腹部へ投与した結果、十脚目タキキニン関連ペプチドおよび甲殻類心臓作用性ペプチドに強い活性が誠められた。従来、十脚目タキキニン関連ペプチドは腸管に対する作用はないと考えられていたが、直腸に作用し肛門からの飲水行動に深く関与していることが判明した。更に「1分間当たり15〜16回水が交互に出入りする」というザリガニの肛門呼吸という現象の再現実験を行った。各ペプチド単体の投与では肛門呼吸を再現することはできなかったが、甲殻類SIFアミドと十脚目タキキニン関連ペプチドの混合物を投与すると見事に「1分間当たり15〜16回水が交互に出入りする」という現象を再現することができた。即ち、肛門呼吸は複数の神経ペプチドの関与による総合的な行動であることが解った。
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