わが国の牛肉生産は、1991年に実施に踏み切られた牛肉輸入の自由化以降、安価な輸入牛肉に対抗するために、肉質とくに脂肪交雑の追及に著しく偏重する傾向を強めた。その結果、黒毛和種においては、肉質の育種価に優れた特定の系統の種雄牛が集中的に供用され、集団の遺伝的多様性が急激に低下する事態が生じている。品種内に残されている分化構造を有効に利用して、黒毛和種の遺伝的多様性を回復・維持するための方策の1つとして、既存の分集団から種畜の生産を行う複数の系統を造成し、それらの系統から供給される種雄牛を巡回的に実用雌に交配して、コマーシャル生産と更新雌牛の生産を行うことが有効であると考えられる。この方策の成否は、種畜の生産を行う系統群の基礎となる分集団を、いかにして既存の分集団群から選出するかにかかっている。そこで本年度は、黒毛和種の県集団を分集団とみなして、優先的に保全すべき分集団の選出を試みた。その際、分集団群から得られる合成集団の遺伝的多様性を最大化するするように各分集団の寄与率を決定する方法(コアセット法)、および品種全体の遺伝的多様性に対して寄与の大きい集団に高い優先順位を与える方法(Weitzmanの方法)を採用した。前者の方法では、すでに種畜を介して多くの遺伝子を品種全体に供給し、さらに分集団内の遺伝的多様性が低い兵庫および鹿児島の2県は下位に順位づけられた。一方、後者の方法ではこれらの2県は上位に順位づけられた。しかし、いずれの方法でも、これら2県を除いた中国・九州地方の伝統的生産県には高い優先順位が与えられた。兵庫および鹿児島を加えた中国・九州地方の伝統的生産県が黒毛和種の遺伝子給源としての役割を担ってきた事実を考え合わせると、これらの伝統的生産県を新たな系統群の基礎とすべきと考えられた。
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