黒毛和種の遺伝的多様性を回復・維持するための方策の1つとして、品種内に残されている分化構造を有効に利用して、既存の分集団から種畜の生産を行う複数の系統を造成し、それらの系統から供給される種雄牛を巡回的に実用雌に交配して、コマーシャル生産と更新雌牛の生産を行うシステムが有効であると考えられる。この方策の成否は、種畜の生産を行う系統群の基礎となる分集団を、いかにして既存の分集団群から選出するかにかかっている。そこで本研究では、まず、黒毛和種の県集団を分集団とみなして、優先的に保存すべき分集団の選出を試みた。その際、分集団群から得られる合成集団の遺伝的多様性を最大化するように各分集団の寄与率を決定する方法(コアセット法)、および品種全体の遺伝的多様性に対して寄与の大きい分集団に高い優先順位を与える方法(Weitzmanの方法)を採用した。2つの方法間では兵庫および鹿児島に対する優先順位に相違が認められたが、いずれの方法でも、これら2県を除いた中国・九州地方の伝統的産地に高い優先順位が与えられた。黒毛和種集団では、育種集団とコマーシャル集団が明瞭に分離していないため、保存すべき系統群を維持する集団にもコマーシャルとしての経済価値が付与される必要がある。 そこで、つぎに枝肉価格を経済価値の指標として、遺伝的多様性を現状以上に維持し、経済価値を低下させない合成集団の構成について吟味した。そのような合成集団には、鳥取、島根、大分、宮崎および鹿児島の5県が含まれた。このことから、伝統的産地を中心とした分集団群は遺伝的多様性の維持としてだけでなく、コマーシャル生産としての役割も担えることが明らかになった。
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