ウマヘルペスウイルス1型(EHV-1)は妊娠馬が感染すると死流産や新生子の生後直死を起こす。2000年に生後直死した子馬の肺から分離したEHV-1の5089株は、従来の株とは異なり培養細胞で増殖させると主に細胞介在性でウイルスは伝播した。2002年には細胞遊離性ウイルスをほとんど産生しない5586株を馬流産胎子から分離した。両ウイルスの変異メカニズムの解明を目的に遺伝子レベルでの解析を進めた。両ウイルスの全塩基配列を決定したところ、複数のウイルス構成蛋白や転写調節因子をコードする遺伝子に変異を認めた。5089株では76種類の遺伝子中53種類、5586株では67種類の遺伝子にアミノ酸変異を伴う塩基の変異を認めた。EHV-1がコードする76種類のmRNA発現量を5089株、5586株と標準株とで比較したところ、5089株ではORF13(テグメント)、14(機能不明)、15(構成蛋白)、16(糖蛋白gC)、53(オリジン結合蛋白)、54(DNAヘリカーゼ/プライマーゼ)、55(機能不明)、56(構成蛋白)、57(DNAヘリカーゼ/プライマーゼ)、58(機能不明)ならびに71(gp2)の発現量が標準株に比べて顕著に低下していた。5586株でも同様であった。塩基配列の変異によりストップコドンの位置が移動し、発現蛋白の分子量が顕著に低下しているものが両ウイルスで複数認められ、特に5586株では糖蛋白のgDの分子量が標準株の約1/10となっていた。gDはEHV-1の感染性に必須である。ウェスタンブロット解析の結果、両ウイルスともgCの発現を認めなかった。gCは細胞へのEHV-1吸着効率を高める作用がある。以上の成績より、5089株と5586株で認められたウイルス性状の変化は、少なくとも、それぞれgC、gCとgDの発現異常によるものと推察された。
|