MHCクラス1分子における抗原ペプチド結合のメカニズムの解明には、抗原ペプチドを結合していないempty MHC分子の構造を詳細に解析することが重要である。本年度は、MHC分子複合体の軽鎖(β_2m)のトリプトファン残基に着目し、これを選択的に^<15>Nで安定同位体標識しそのNMRシグナルをプローブとして、抗原ペプチド結合に伴うMHC分子の高次構造変化の解析を行った。軽鎖の2つのトリプトファン残基(Trp60、Trp95)のうち、Trp60は重鎖の抗原ペプチド結合ドメインの近傍に位置しており、抗原ペプチド結合による構造変化を鋭敏に反映すると考えられる。抗原ペプチド結合状態、非結合状態でNMR解析を行った結果、抗原ペプチドを結合した状態において、軽鎖のTrp残基の側鎖が2種類の配置をとることが明らかとなった。一方、empty MHCでは、抗原ペプチド結合状態に近いと考えられる状態も含めて軽鎖が3つの状態で存在することが明らかとなった。empty MHC分子が複数の状態の平衡にあることは、抗原ペプチド結合メカニズムを解明する上で、興味深い事実である。 小胞体中でのMHC分子の成熟過程には、分子シャペロンであるカルネキシンおよびカルレティキュリンが関与することが知られている。これらは未成熟な糖タンパク質の糖鎖部分を認識すると考えられているが、正しく構造を形成していないペプチド鎖も認識することが示唆されている。そこで、表面プラズモン共鳴法を用いて、抗原ペプチド結合状態、非結合状態のMHC分子とこれらの分子シャペロンとの相互作用解析を行った。その結果、カルネキシン、カルレティキュリンは糖鎖を有しないMHC分子とも相互作用すること、さらにempty MHC分子に対して、より高い親和性を示すことが明らかとなった。この結果は、カルネキシン、カルレティキュリンが糖タンパク質の糖鎖部分のみではなく、変性したペプチド鎖部分も認識して高次構造形成の補助を行っていることを示すものである。
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