上皮増殖因子(Epidermal Growth Factor ; EGF)受容体を高発現する上皮系腫瘍細胞A431を過酸化水素で処理後、核抽出液を調製し、Electrophoretic Mobility Shift Assay (EMSA)を行ったところ、NF-κBの活性化が確認できた。A431細胞は、EGF刺激によってもNF-κBの活性化を引き起こし、EGF受容体のチロシンキナーゼ活性を特異的に阻害するAG1478処理により、この活性化は消失した。過酸化水素によるNF-κBの活性化に伴い、EGF受容体のチロシンリン酸化が引き起こされているかどうかを検討する目的で、過酸化水素処理後のA431細胞より調製した細胞抽出液を試料として、抗ホスホチロシン抗体によるイムノブロッテイングを行ったところ、リガンドであるEGF非存在下にも関わらず、EGF受容体のチロシンリン酸化が認められた。しかし、過酸化水素によるNF-κBの活性化はAG1478によって阻害されなかった。このことから、過酸化水素はEGF受容体のチロシンリン酸化を亢進するが、過酸化水素によるNF-κB活性化にはこのEGF受容体のチロシンリン酸化は直接関わっていないことが明らかになった。過酸化水素に感受性の分子として、さまざまなホスファターゼが標的となっているという報告がある。そうしたホスファターゼの一つにポリホスホイノシチドに対するホスファターゼであるPTENが知られている。細胞内のポリホスホイノシチドの量はイノシトールリン脂質をリン酸化するPI-3-キナーゼと脱リン酸化するPTENのバランスにより決定される。すなわち、PTENの阻害はポリホスホイノシチド量の上昇を引き起こし、PI-3-キナーゼの阻害は低下を引き起こすと考えられる。A431細胞をあらかじめPI-3-キナーゼ阻害剤のLY294002で処理しておくと、過酸化水素によるNF-κBの活性化が抑制されたことから、過酸化水素がPTENを阻害することにより、ポリホスホイノシチド量の上昇を促し、その下流でNF-κBの活性化が引き起こされる可能性が示唆された。
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