脳が外界からの刺激をどのようなメカニズムによって記憶するのかは非常に興味深い問題である。我々は鋤鼻系神経路をモデルとしてフェロモン記憶をシナプスの形態変化で捉えようと研究を続けている。しかし、まさに無数に存在する脳内のシナプスから特定の記憶に関連したシナプスのみを同定することは困難である。そこで、本研究においては、近年新しく発見された最初期遺伝子Arcを用いて、フェロモン記憶に関連したシナプスを標識することを目的として研究を行った。 その結果として僧帽房飾細胞層において顆粒細胞の樹状突起がArc陽性であることが観察され、さらに興奮シナプスの後膜周辺にも強い陽性反応が観察された。これは光学顕微鏡下での結果同様にArcタンパクが顆粒細胞の樹状突起に分布し、それがシナプス周辺へ運ばれていることを示した。Arc蛋白が交尾後、相反シナプスの後膜肥厚にまで達しているのは興味深い。この結果は二つの大きな意義を持つものである。すなわち1)特定の刺激に対して反応性の上昇したシナプスをin vivoの状態で標識することが可能になった。2)Arcが同所で記憶形成に関して何からの重要な役割を演じていることを強く示唆している。このことからArcは中枢神経系の一般的な記憶機構の解明に対する有効なマーカーとして広く神経科学の分野の研究に用いることができると推察できる。本研究の研究成果が鋤鼻系におけるフェロモン記憶にとどまらず記憶機構の基礎システム解明に重要な指標を示すと考えている。
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