平成17年度は、中国商代およびメキシコ・テオティワカン遺跡からの出土古人骨に見られた特異な損傷について、その成傷機序を解明するべく実験的に検討した。商代殷墟の建造物跡およびテオティワカン遺跡の遺構である「月のピラミッド」および「羽毛の生えた蛇神殿」より出土した、生贄と考えられる併せて約70体の人骨において、損傷と考えられる骨切痕が12体10ヶ所で認められた。これらの損傷のうち、当時の武器で形成されたものとしては、その形態が極めて特異的と考えられた6ヶ所の損傷について獣骨および当時の武器(商代:青銅器、テオティワカン:黒曜石などの石器)を用いた再現実験を行ったところ、これまでに知られている当時の武器を使用することで、充分その成傷機序が解明できたものがある一方、2体2ヶ所(いずれもテオティワカン出土のもの)で認められた損傷は、物理的に既知の武器でしかも軟部組織が付着したままの肉体に作用させたことにより形成されたとは考えにくいものであった。 これらの傷は頚骨や上腕骨に見られたものであるが、テオティワカン遺跡の生賛人骨については、殺害手段としての鈍器による打撃や切刺器の使用以外に、儀式など何らかの目的で骨に特異な傷を形成する習慣があった可能性が示唆された。なお、これらの特異な損傷については骨の修復などの生体反応の所見は認められず、従ってその形成が生前か死後かの区別はつかないが、少なくとも傷の形成の後短時間で死亡しているものと推測された。
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