細胞増殖抑制・マトリクス産生など多彩な作用で知られるTGF-βは、粥状動脈硬化病変には抑制的に、再狭窄病変に対しては促進的に働くことが示唆されている。しかし、TGF-β下流の個々のシグナル伝達経路が動脈硬化形成にどのような影響を及ぼすかは不明である。そこで我々は、TGF-βの主要シグナル分子であるSmad3のノックアウトマウス(KO)を用いて検討を行った。PIT(photo-induced thrombosis)法により、C57BL/6バックグラウンドのKOおよび野生型マウス(WT)の大腿動脈に内皮傷害を加えた。傷害後1〜3週において、KOの大腿動脈ではWTに比べ、α平滑筋アクチン陽性、CD45陰性の平滑筋細胞(SMC)増生による著しい内膜肥厚病変を認めた。KOでは、PCNA免疫原性によって示される内膜SMCの増殖が有意に亢進していた。一方、肥厚内膜におけるコラーゲン線維の沈着は、WTに比べてKOで有意な減少を認めた。近年、骨髄に由来するSMC様細胞の動脈硬化病変への寄与が指摘されていることから、WT・KO相互で骨髄細胞の移植を行ったが、内膜肥厚の程度には変化を及ぼさなかった。すなわち、KOにおける内膜肥厚の増強は、in situの血管SMCの性質に由来すると考えられた。次に大動脈よりSMCを分離・培養し、その生物学的機能を解析したところ、TGF-βはWT細胞の増殖活性を抑制したが、KO細胞ではその効果が著しく減弱していた。また、TGF-βによるマトリクス沈着作用もWT細胞に比べ、KO細胞で減弱していた。TGF-βによる遊走活性は両細胞に差異を認めなかった。以上の結果から、KOではSMCがTGF-βによる細胞抑制に抵抗性を示すと共に、マトリクス量の減少により中膜から内膜への遊走が促進される結果、著しい内膜肥厚をたらしたと考えられた。
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