造血幹細胞の運命の選択肢には自己複製、分化、アポトーシス等がある。しかし、これを制御する機構についてはよくわかっていなかった。生体内では造血幹細胞は特有なnicheに存在して細胞外因子の刺激を受けたり、逆に刺激を受けないように保護されている。一部を除いてこれらのniche因子は特定されていなかったため、われわれは造血幹細胞の細胞外制御因子の同定を試みた。そして、positive regulatorとしてSCF(Stem Cell Factor)とTPO(thrombopoietin)が、negative regulatorとしてTGF(Transforming Growth Factor)β1が重要な役割を果たしていることを明らかにしてきた。Wntファミリーに属する分泌因子も重要な候補である。そこで、造血幹細胞に対するWnt蛋白の直接作用を調べるために、Wtn3aの蛋白精製を試みた。高純度のWnt3a蛋白を得ることが困難であったが、少なくともある程度まで濃縮したWnt蛋白には造血幹細胞の分裂を誘導する作用がないこと、活性型β-cateninを正常造血幹細胞に強制発現しても、やはり造血幹細胞の分裂を誘導できなかったことから、Wnt3a蛋白が造血幹細胞の自己複製因子であるとの報告に対しては注意深い検討が必要であると考えられた。Wntの発現解析からは、Wntはむしろ造血幹細胞の発生過程において重要な働きをしていることが考えられた。次に、われわれは造血幹細胞の運命決定に関与する細胞内因子を明らかにするため、免疫染色と共焦点顕微鏡およびLSC(Laser Scanning Cytometry)を組み合わせ、ごく少数しか存在しない正常細胞におけるシグナル伝達系解析を可能にする手法を独自に開発した。そして、Lnk欠損マウスの解析を通して、LnkがTPOシグナル伝達系を介して自己複製分裂の確率に関与することを明らにした。特に、Jak/STATとAktの伝達経路の活性化とP38MAPキナーゼの不活性というシグナルの組み合わせが自己複製に重要であることが示唆された、また、一方ではβ-cateninがTPOシグナルの下流にあることを明らかにした。この分子の役割については現在検討中である。
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