長崎市在住の原子爆弾被爆者に対する精神医学的健康調査の結果を見ると、原子爆弾被爆体験が強度の心的外傷として影響を残し、被爆から60年を経た現在においても、外傷後ストレス障害(Post-traumatic stress disorder)の精神症状を有している被爆者は28.1%に達していた。また、心的外傷が強く残っている被爆者は、全般的な精神的健康度も低かった。 爆心地から被爆地点までの距離を指標として、2.0km以内の距離における被爆者、2.5-3.0kmの距離における被爆者、3.0km以上の距離における被爆者に3区分して分析すると、近距離被爆者ほど外傷後ストレス障害の精神症状を有している割合が有意に高かった。この所見は、心的外傷の強度と精神症状の出現度は、量-反応関係(dose-response relationship)が存在することを示唆している。 一方、心的外傷が強く残っている被爆者は、性別にみても、年齢別にみても、身体疾患罹患率が有意に高く、更に、その身体疾患が原子爆弾被爆体験に関係していると考えている割合も有意に高かった。また、「他者の前で、被爆者であることを口に出すことができなかった」という体験を有する被爆者が多く、特に女性と若年者にその傾向が強かった。つまり、原子爆弾被爆体験そのものがスティグマとして存在し、心理的・精神的圧迫感と被差別感を抱いたまま生活を送っていた状況も明らかになった。 今回の研究結果から、原子爆弾被爆体験が心的外傷となり、60年後の現在も不安が続き、精神的健康に悪影響を与えていることが示唆され、また身体的健康度の低下にも繋がっていることが示唆された。このような健康水準の低下は、原爆投下時に発生した放射線による直接的影響だけではなく、原子爆弾被爆体験に起因する不安などの影響も強いと判断された。
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