研究概要 |
胎生期におけるエタノールへの暴露および発達早期のエタノール摂取と思春期以降に発現する衝動コントロール障害を中心とした認知行動異常との関連を明らかにする目的で研究を進め,まず,神経回路網の発達に及ぼすエタノールの影響を神経分化の機能変異の観点から検討した。 妊娠ラットに,ヒトにおける器官形成時期である妊娠4〜8週に相当する妊娠10日目から14日目までの4日間,5g/kg/dayのエタノールを投与しました。エタノールは生理食塩水で希釈し,30%溶液を作成後ゾンデを用いて強制経口投与しました。その後,妊娠14日目に胎仔終脳を摘出し,5日間の一次培養期間中で神経幹細胞の増殖能について観察を行い,2次播き直し後,4日間エタノール存在・非存在下で培養を行い,神経幹細胞の分化能変化について観察・評価した。 エタノール投与ラット胎仔脳より得た神経幹細胞は,培養2日目ぐらいからコントロールに比べ小さく丸いミクログリア様の細胞の増加が認められた。さらに培養5日目においては,コントロール群に神経幹細胞の増殖がはっきりと認められるのに対して,エタノール処置群では幹細胞に比べとグリア細胞の増殖が多く認められ,神経幹細胞のニューロンおよびグリアへの分化制御が影響を受けていることがうかがえた。 また,bFGFによって選択的に増殖させた神経幹細胞の分化に対して,エタノールは20mMという低濃度から用量依存的な抑制作用を示した。われわれのこれまでの検討で,エタノールが分化後の神経細胞の生存に影響を及ぼす濃度は100mM以上であることから,エタノールは分化後神経細胞に影響を及ぼすよりかなり低濃度から,神経幹細胞の機能・特に分化機能に影響を及ぼしていることが示唆された。 今回明らかになったエタノールによる幹細胞の増殖・分化機能変化がどのような分子メカニズムで生じているかを検索する目的で,BDNF・IGF-1などの栄養因子,および近年神経幹細胞の機能増強の報告が多くなされているリチウムの併用による影響について検討を加えた。栄養因子BDNFおよびIGF-1は,ともにエタノールによる神経幹細胞の分化抑制を減弱させた。また,リチウムの処置によっても,エタノールの神経幹細胞分化機能抑制が一部減弱することが明らかとなった。これらのことから,エタノールの神経幹細胞機能異常に,栄養因子シグナル,あるいはリチウムで報告されてきているGSK-3bなどの分子を含むシグナル伝達メカニズムの変化が関連していることが考えられ,これらの知見を病態メカニズム解明の糸口としてさらに検討を進めていく予定である。
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