研究課題
基盤研究(C)
本研究の目的は、胎生期におけるエタノールへの暴露および発達早期のエタノール摂取と思春期以降に発現する認知行動異常との関連を明らかにすることであった。これらの認知行動異常の背景には胎生期及び発達早期の神経回路網の形成異常が想定される。さらにその背景には神経幹細胞の神経細胞への分化・増殖機能異常が神経回路網の維持・修復の過程に強い影響を与えている可能性がある。そこで我々はエタノールが神経幹細胞内のいかなる情報伝達系を変化させることによって細胞の機能異常を誘導しているかを詳細に検討し以下の知見を得た。1.エタノールは神経細胞の生存に影響を与える濃度よりもかなり低い濃度(20-100mM)において、神経幹細胞から神経細胞への分化を抑制することを見出した。2.低濃度のエタノールは濃度依存的に神経幹細胞からアストロサイトとオリゴデンドロサイトへの分化を促進した。3.エタノールによる神経幹細胞分化誘導抑制作用は脳由来神経栄養因子BDNFやインスリン様成長因子IGF-1といった栄養因子を同時に処置することによって減弱された。4.神経幹細胞の機能を制御するMAPKシグナル伝達経路に含まれるERKのリン酸化活性型分子の発現は低濃度のエタノール暴露により低下した。5.神経幹細胞から神経細胞への分化抑制に関わる負の転写因子NRSF/RESTの標的配列への結合活性がエタノールにより増強した。これらの知見は器官形成器および発達期に中枢において活発に分化誘導が行われている神経幹細胞に対して、生理的に生じうる濃度のエタノールが機能異常を引き起こし、神経回路網の形成異常をもたらす可能性を示唆するものである。妊娠中の多量のアルコール摂取が胎児の中枢に与える影響の機序解明に貢献するものと考える。
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