本研究は、日本の民謡を題材にして、地方文化において伝統芸能の「保存」活動が行われる際の「伝統」の表象のありようとその地域アイデンティティの意識との関わりについて考察しようとするものである。本年が4年計画の最終年度であるが、当初の目論見とは異なり、現地調査によって地方の側からアプローチするのではなく、「中央」の側の郷土表象自体が地方の「現場」との関わり合いの中で形成され変容してゆくさまを、文献調査を中心に描き出して行く研究となった。 本年は、宝塚歌劇が昭和30〜40年代に展開した「民俗舞踊シリーズ」を主たる題材として、戦後の民謡観やそこから窺われる郷土観、国家観などを浮き彫りにすることを試みた。国家主義と結びついた「国民音楽」としての民謡という、戦前の民謡の位置づけ方が、実は戦後のある時期まで残り続け、日本の戦後復興を支えてきた状況が明らかになるとともに、それがうたごえ運動、レクリエーション運動といった戦後の様々な文化運動と結びついた形で展開し、戦後体制の中の国家表象や地方表象を形作ってきた多様な背景を示すことができたように思われる。 なお、これまでの4年間に蓄積された成果を単行本(仮題『「民謡」の文化資源学-近代日本における地域文化の再編成をめぐる文化のダイナミズム』)として出版する計画があり、当初の予定よりは少し遅れることにはなったが、本年秋には公刊できる見通しとなっている。単なる民謡の事例研究におわることなく、民謡を「音楽」や「文学」として捉えてきた従来の「芸術的」民謡観から距離を置き、「文化資源」という概念で捉えてみることによって、近代日本の文化の見直しをはかったのみならず、「伝承」や「保存」のあり方自体を問い直すことをも視野に入れた文化研究の新しい方向性を世に問うことができると考えている。
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