イタリアルネサンスを中心としたタルシア(木象嵌)の現地調査を行い、修復家・タルシア作家・研究者及びタルシア美術館等で取材し、技法と素材の実験を行い、その成果を『表象と素材のはざまの木象嵌-日本・北欧・イタリア』にまとめた。 序論では、タルシアに迫る5つの観点(透視遠近法による表現表象と素材表象の関係;素材・技法;インテリアとしてのコーロとストゥディオーロのタルシア;従来のタルシア研究の問題点;タルシアの現場での写真撮影)を示した。第一章では「表象と素材のはざま」がなぜ今日問題とされるべきかを問い、マエストロ・ディ・プロスペッティーヴァの出現の意味を説き、「表象と素材のはざま」はタルシア作品とタルシア研究の内実を判断する尺度であることを示した。第二章では、タルシアの素材のなかから特に、緑の材とニスを取り上げ、緑の材を特定するとともに、着色による緑の材についても検討し、ニスについては当時油性ニスが主流だったのではないかと推定した。第三章では、主にタルシアにあらわされた道具のレパートリーに着目し、そこにタルシア作家らの自負があらわれていることを明かにした。また、焦がしと染料・顔料による着色について新しい知見を加えた。第四章と第五章では、実用工芸品ではなくインテリア空間を創出するものとしての(つまりもっぱら見られるものとしての)教会コーロとストゥディオーロのタルシアのあり方を論じた。第六章では、マッテーオ・コラツィオのタルシア批評を翻訳紹介し、「表象と素材のはざま」にタルシアの美質を認めたコラツィオを積極的に評価した。第七章では、薄明の現場におけるタルシアの写真撮影について述べ、美術品に害を与えない発光ダイオードによるライティングを提案した。
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