本年度は、主として、信任論に関する研究をさらに進め、昨年度着手した3本の英文論文を書き続けた。第一は、"A Theory of Fiduciary Relationships"で、後見人/被後見者、信託受託者/受益者、経営者/会社、医者/患者、法律家/依頼人、代理人/本人など広範な人間関係がなぜ契約(contract)関係とは異なった信任(fiduciary)関係によって維持される必要があるかを示し、信任法に関して法理論的な基礎付けを与える試みである。第二は、"A Formal Model of Fiduciary Relationships"で、信任関係の数学モデルを構築し、経済理論的手法を用いて信任関係を論ずる。第三は、"Informational Dominance and Fiduciary Relationship"で、情報理論的手法を用いて、医者/患者や法律家/依頼人等の専門家/非専門家関係が信任の要素を含むことを示すことを目的にする。 だが、第一論文と第二論文を書き進めている間に、当初設定した仮説の一部が問題を含むことを発見し、現在その修正を行っている。その理由は以下である。信任関係における罰則規定は、被害者の期待損失だけでなく、違反者の利益吐き出しも命ずる「吐き出し原理(Disgorgement Principle)」である。当初この原理は法と経済アプローチが依拠する効率性最大化仮説をパレート原理で置き換えさえすれば正当化できると考えていたが、不可能であることに気づいた。その代わりに本年度では、信任原理そのものが吐き出し原理を要請するというヨリ本質的な命題を示すことに成功し、この命題が持つ様々な含意について考察を進めている。また、第三論文では、従来の契約論が依拠するタイプの情報の非対称性ではなく、一方が他方に関して情報的にdominantである時に、契約関係が不可能になることを一定の条件の下で証明することに成功した。ただ、この論文もまだ未完成である。 比較コーポレートガバナンスに関して論じた、"What is Corporation? -- The Corporate Personality Controversy and Comparative Corporate Governance"という英語論文を収録している書籍の出版が遅れているが、本年中に出版予定である。また本研究プロジェクトで展開してきたアイデアは、2006年7に刊行した『資本主義から市民主義へ』という啓蒙書で一部披瀝されている。
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