今年度は資料調査と聞き取り調査を中心に研究を進めた。以下に今年度の研究成果を示す。 資料調査からは、本研究の目的の一つである民族音楽調査団が結成された経緯が明らかとなった。民族音楽調査団が結成されたきっかけは、戦時中に日本が執った南方政策、とりわけ、その中で台湾が担った役割が大きく関わっている。史料によれば、台湾は地理的に便利な位置にあったため、南進政策の基地として活用することを日本側が考えたということである。従って、日本は文化を含む台湾内部の資源の調査や経験の活用など、台湾の総合的な考察が必要となり、またそのために、台湾総督府の協力も必要とされた。このような情勢に呼応する形で、昭和17年には台湾総督府が南方調査のため府内に臨時職員を雇用し、台北帝国大学内でも南方文化研究所の設置準備が着々と進められた。このような背景の中、日本人による様々な台湾調査が行われ、有名なものとしては柳宗悦の民俗学的調査が知られている。また、台湾民族音楽調査団による調査もその一環であったと考えられる。しかしながら本研究の調査によれば、この音楽調査はこれまで考えられていた黒澤隆朝主導のものというよりは、むしろ当時のビクター内部に設立された南方音楽研究所と情報員の経験を持つ桝源次郎が重要な役割を担っており、この点に関する更なる調査がこの分野に新たな展開をもたらすものとして考えている。 また、現時点で資料だけでは究明できないことも多いため、今年度は聞き取り調査に踏み出した。聞き取り調査は、本研究の海外協力者である国立台湾大学音楽研究所の王桜芬氏とともに、本年度3回実施した。台湾民族音楽調査団が訪れた台湾原住民の村の9割を訪問し、当時、音楽調査団が行った録音活動に参加した人々のうち、9名が今も健在であることが判明した。彼らはすでに高齢であり、その証言は村や記憶によって多少異なるものの、彼らの証言を通して、当時の録音の経緯や状況が黒澤隆朝の資料や著書よりも鮮明に描写された。この聞き取り調査は台湾原住民音楽の研究においては貴重なものになり、将来的に整理して論文にしたいと考えている。さらに、本年度の研究成果の一部をいくつかの学術誌に発表する予定である。
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