本研究の主題は、メスメリズム(催眠術)が19世紀以降のフランスの社会や文化、特にフランス文学にどのような影響を与えてるのかを研究することである。 本年度は、まず、文学領域において、メスメリズムの影響の強い作家や詩人を取り上げて研究した。具体的には、シャルル・ボードレールの作品、詩ならびに、彼が翻訳したエドガー・ポーの幻想作品に注目した。ポーはメスメリズムの信奉者であり、その作品、特に幻想作品の多くには催眠術を主題としたものが多い。ボードレールの仏訳が好評をはくし、多くの読者に読まれたことが、フランスにおいてメスメリズムの浸透に拍車をかけたことはいうまでなく、ボードレール自身もまたその作品を書くインスピレーションをこれから多く受けていることが判明した。一方では、小説家のモーパッサンは、自ら精神の病におかされ、晩年、多くの恐怖小説や幻想小説を残していることは知られているが、注目すべきは、その作品の主題や特徴が、出会ったことのないフロイトの理論に酷似していることである。 当時フロイトは、フランスにおいてヒステリーの権威シャルコーのもとで研究を続けていたが、そのシャルコーがヒステリーの治療に用いていた催眠術にフロイトもまた影響を受けていたが、フロイトは次第にその効果に疑問を抱くようになり、シャルコー、すなわち催眠術から離れていき、自らの精神分析の理論を構築しはじめている。このフロイトの精神分析の理論が、モーパッサンの作品の諸特徴と奇妙に交差していることはやはり注目すべきことであろう。だが催眠術は、決して消滅したわけではなく、その存在を否定されつつも、精神分析という形を借りて、次世代の文学に受け継がれていくのである。 今後は、こうして形態を変えたメスメリズムが20世紀文学にいかに引き継がれていくのかということに焦点をあてて研究を継続する予定である。
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