以下の概要は、複数年度に渡る本研究の「中間報告」である。 (1)「帝国=拡張への夢想」の構造的諸相を探求した: おおよそ17世紀後半から18世紀前半にかけての時代と社会を考察の対象とした。対応する文学の対象は、ジョン・デナムやジョン・ドライデン、そしてアレグザンダー・ポウプやジョナサン・スウィフト、ダニエル・デフォーなどに至る詩人たちのテクストにおける「川」表象であり、それらキャノニカルな詩人たちの社会意識やそれを可能とした社会(経済的)膨張を分析・検討することから始めた。メイジャーな詩テクストでは、テムズ川を端的な例として、都市における河川描写を考察するなかから、帝国主義的なイングランドの経済的膨張を素朴に礼賛する前半の時代から批判的に諧謔を込めて容認する後半の時代に至る史的・構造的変遷を確認できた。そしてこのような振幅全体を表象するテクストを生産していったのは、やはりポウプであったことも確認した。 (2)「反=非帝国思想」の構造的諸相を探求した: 対象とした時代は、当然ながら上記と同様17世紀後半から18世紀前半とし、ジョン・テイラーやジョン・アーバスノットにおける「川」表象、あるいはベン・ジョンソンらのカントリーハウス・ポエトリーに特徴的な「川/水」の「精神的=イデオロギー的位置」などが分析・探求の対象となった。いわば上記項目内容との「平行」的探求であった。このような二項対立的分析は、対象を単純化するためそこから漏れ出る重要な要素もあるのだが、萌芽研究に必要な構造的な把握のためには有用な手法である。 結果として、これら相対的に「マイナー」な詩テクストに表象されたのは、主として「田園」に流れる「豊かな」水であったことを確認した。内戦や革命を経験した激動の17世紀全体においても、結局ジェントリー層が代わらぬ支配者として存在したことにより、「豊かな」水は、後の18世紀に顕著な「緑の世界」における理想的な「水」への希求と結びついていくのだが、この意識が往々にして「反帝国=膨張意識」という表装を帯びながらも実質的にはイングランドの経済的膨張に荷担していく機能を持っていたことも確認できた。そして、ここでも、このような振幅ある観念を表象したのはポウプの作品群であった。
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