本研究の目的は、中東の少数民族が日常の生活語として使用している絶滅危惧言語及び方言を記録、記述研究することである。今日中東の少数民族語は、いずれも政治的、文化的に圧倒的優勢なアラビア語に押され絶滅の危機にある。特に1980年代頃からの中東社会の急激な変化は、これらの言語の消滅をさらに加速させてきた。いずれの少数民族語も数千年の文化伝統を持つ言語であるが、現在では記録手段を喪失した無文字の口承言語となり、このままではなんらの言語的痕跡をとどめず消滅する運命にある。本研究では、比較的治安の良いエジプト、シリアの少数民族語を調査、日常生活の様子とともにビデオ録画・録音し、さらに音声記号による記述、言語分析を行う。収集した映像・音声飼料は、DVD化して内外の研究者に提供できるよう整理する。 エジプトにおいては、十数年前までコプト語を家庭での常用語とする家族が都市部に5、6家族存在していたが、初年度の調査では、現在外国人危険地域の1家族を除いてエジプトでコプト語家族は消滅していることが判明した。昨年、幸運にもアレキサンドリア市においてコプト語を母語として育ったインフォーマントを探し出し言語調査への協力を得ることが出来た。しかし、この老女は健康を害し、残念ながら本年度は言語調査を断念せざるを得なかった。カイロ在住のヌビア人を対象として基礎語彙調査、ワーディーナトルーンの修道院でシリア語、コプト語の写本の調査を実施した。 シリアでは、昨年度に引き続き、マアルーラ、バハア、ジュッバディーンの3村で西現代アラム語の調査を実施した。マアルーラ村では村の古老達の協力を得、音声資料を収集することが出来、現在これらの言語材の分析研究を行っている。昨年マアルーラ村に設立されたアラム語教育センターは、その機能を発揮していない。自分たちの言語を何かの形で保存しようとする試みは、言語・文学等の学識を持つ人材不足や政治経済の諸事情により停滞したままであり、いよいよ現代アラム語の記録保存が緊急の課題となってきた。本年度は、より古い姿を残すバハア村の方言を調査する計画である。
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