本年度は主に、真正粘菌の変形体をモデル生物として、管のネットワークの形成や、それが物質の移動と情報処理において、どのような役割を果たしているかを、実験的手法と数理モデリングを用いて研究した。 変形体は化学反応によって駆動される振動子の集合体であるとみなすことができる生物である。従来、結合振動子系による数理モデルがいくつか提唱されて来たが、いずれも変形体の運動を記述するには不十分であり、何より情報処理の観点が欠落していた。それに対し我々は、保存量を一つ持つ(これは原形質ゾルの総量に対応)結合振動子系を、2-Channels Modelという形で表現し、様々な実験事実を再現し解釈を行った。2-Cahannel Modelの2つのチャネルとは、十分に発達した管の構成する速い輸送チャネルと、シート構造部分の多孔性媒質の構成する遅い輸送チャネルのことである。変形体はシート部分が収縮フェーズにある時に力を出し、速い輸送チャネルを主に使って、原形質ゾルを輸送することで、物質の移動(より長いスケールでは変形体自身の移動)を行うという仮定の下で、モデリングを行った。 実験では、細胞融合実験を行い、厚み振動の位相分布を計測し、周辺部位相反転と弱結合部位相反転の2通りの位相反転が起こっていることを発見した。また、外科的操作による細胞の部分分離実験によっても、これら2つの位相反転が起こることが確認された。 我々は2-Channels Modelを用いて、上記の実験事実を再現することに成功した。その過程で、周辺部位相反転が起こるのは、シート構造が周辺部で柔らかいということが原因であることが示唆され、このことは実験的にも検証されつつある。また、弱結合部位相反転は、位相拡散による位相の均一化傾向と、保存則による同期振動の忌避的傾向の妥協の結果であることがシミュレーションによって示された。また、真正粘菌変形体にとって重要な快・不快の情報は、第一義的にはシート構造の硬さにコードされ、それを用いて快な場所へ近づき不快な場所から逃げているという仮説を提出した。
|