研究概要 |
種数2以上のタイヒミュラー計量(T-計量)によるブラウン運動(T-BM)とヴェイユ・ピーターソン計量(WP-計量)によるブラウン運動(WP-BM)のポテンシャル論的な比較を行うにあたって,タイヒミュラーコンパクト化と,サーストンコンパクト化と呼ばれるタイヒミュラー空間の二つの重要なコンパクト化に注目した.これらの境界については,H.Masurの研究によって,両者は写像類群の作用の連続性を議論するときには異なった性質をもつが,可測な作用については同一であることが知られている.一方,種数が1の場合において,タイヒミュラー空間は複素上半平面とみなされ,二つの境界はともに実軸と同一視される.この場合,写像類群の作用はモジュラー群の作用であって、連分数変換の2回合成というただ一つ力学系の作角と軌道同値となっており,モジュラー曲面上のブラウン運動に関するポテンシャル論的性質と,測地流のエルゴード理論的性質には関連性があることも知られている.種数2以上の場合において,T-BMおよびWP-BMのポテンシャル論的比較を行う前段階として,ブラウン運動に対応する測地流および写像類群のエルゴード理論的挙動を把握する目的で,サーストン境界とタイヒミュラー境界上の写像類群の作用を加可測な作用の立場で考察した.種数2以上の場合には,サ-ストン境界上の写像類群の作用を唯一つ力学系の軌道の言葉で完全に記述することは難しい問題であるが,その一部分については,種数1の場合の連分数変換にあたるRauzy inductionによって記述可能であることを利用して,タイヒミュラー測地流のエルゴード理論的性質の観点から本研究に接近するというアイデアを得た.
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