代表者らはこれまでに、(アルキル長鎖を持つカルボン酸)+(鋳型となるアミン)の塩からなるサーモトロピック液晶を利用し、液晶状態での重合を行うことで、ナノオーダーの規則正しい空孔を持つ有機材料を開発してきた。この研究の途中で、研究の初期段階には全く予想していなかった現象を見出した。架橋反応後に得られた物質は、架橋を行なう前のカラム状液晶相と本質的に同じ構造を維持しているが、この物質から鋳型となるアミンを取り除くと、規則正しく配列したカラム状構造は失われてしまう。しかしながら、一旦は規則構造を失ったこの物質に元の鋳型アミンを投与すると、最初と同じカラム状構造が復活する。三次元的に架橋された高分子がこのような動的構造変化を起こす例は珍しく、学問的にも実用的にも興味深い現象であるため、これを詳細に追跡することで、構造変化が起こるための条件を明確にすることを目指した。 カルボン酸としてアクリル酸エステル部位を有する安息香酸誘導体を用い、これと(-)-ノルエフェドリンとの塩を形成させることにより、レクタンギュラーカラムナー構造を取る液晶を得た。真空封管中にてこの塩にガンマ線を照射したところ、アクリル酸エステル部位の重合は効率よく進行し、汎用溶媒に不溶の架橋高分子を与えた。得られた高分子を粉末にした後、塩酸/メタノール中に静置することで鋳型アミンを脱離させた。脱離反応は時間とともに進行し、350時間後、鋳型アミン総量の70%が脱離した時点で頭打ちとなった。この高分子を鋳型アミンのメタノール溶液中に移し、鋳型アミンの再取り込みを行なったところ、200時間後、高分子内の鋳型アミンが最初の80%になった時点で頭打ちとなった。一連の脱離/再包摂過程における架橋高分子の構造を、赤外吸収測定により追跡した。その結果、アミンの包摂量に相応してカルボン酸-アミン塩あるいはフリーカルボン酸由来の吸収が変化し、アミンの脱離/再法包摂という現象がカルボン酸-アミン塩の解離/形成に対応していることが明らかとなった。更に、この過程における高分子全体の構造を粉末X線回折により追跡したところ、回折ピークの強度は包摂されているアミンの量に比例して増減し、包摂アミン量が30%になった時点でピークが消失することが分かった。また、全過程において新たな回折ピークの出現は観察されないことより、別の規則構造への転位は起こっていないことが明らかとなった。
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