メダカを含む硬骨魚類では、卵膜に存在する卵門によって形態学的(物理的)に多精を拒否することで、正常な単精受精を保証していると考えられている。本研究では、他の動物で広く採用されているプロテアーゼ等を用いた化学的受精保証機構が、メダカに存在するかを検討した。メダカ精子にはプロテアーゼ前駆体であるトリプシノーゲンが存在し、これに対する抗体の存在下で人工媒精を行うと、受精率が有意に低下する。このことから、精子に存在するプロテアーゼが受精時に何らかの役割を果たしていると考えられ、メダカでも化学的受精保証機構の存在が予想される。しかし、この実験に用いた抗体はポリクローナル抗体のため、抗体による受精阻害がトリプシノーゲンに対する作用によるのか、多価抗体のため精子が凝集するなどの物理的な作用によるのか、不明であった。抗体による阻害実験の精度を高めるため、メダカトリプシノーゲンに対するマウスモノクローナル抗体を作製し、5種のクローン(2F1、4A2、7E5、14C5、23E2)を得た。いずれの抗体もウエスタンブロットで特異的にメダカトリプシノーゲンを認識した。得られたモノクローナル抗体をプロテインGカラムで精製し、受精阻害効果を調べた結果、7E5ではポリクローナル抗体を用いた場合と同程度の受精阻害が認められたが、14C5では高濃度でも受精阻害が認められなかった。残りの3クローンの受精阻害能は7E5の半分程度であった。最も阻害能の高かった7E5をパパインでFab断片化したものでは、受精阻害は見られなかった。この結果は、7E5による受精阻害はトリプシノーゲンへの作用ではなく、精子への物理的影響によることを示唆するが、Fab断片化で抗体の反応性が変化した可能性も否定できない。今後は、7E5の受精阻害効果をさらに精密に調べるとともに、受精時におけるメダカトリプシノーゲンの活性状態を調べる必要がある。
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