高度好熱性細菌Thermus thermophilusのポリアミン生合成系遺伝子に関する逆遺伝学的研究は、予想もしなかった大きな発展を遂げ、これまで存在が知られていなかった新しいポリアミン生合成経路を発見した。高度好熱性細菌T. thermophilusのポリアミン合成は大腸菌、酵母、哺乳動物などとは異なりアルギニンを出発物質とする。最初の酵素はspeAコードされている。ある種の細菌や植物と同じくこの酵素はアルギニンデカルボキシラーゼであり、アグマチンを作る。次にSpeEホモログが働き、アミノプロピル・アグマチンが生成する。これは従来自然界に存在を知られていなかった新物質である。次に、SpeBホモログがこれを加水分解してスペルミジンを生成する。SpeBは通常、アグマチナーゼであるが、本好熱菌ではアミノプロピルアグマチナーゼ(新酵素)であり、精製した酵素標品もアグマチンを基質として受け付けない。スペルミジンはプトレシンを経由することなく生産される点で従来全く知られていない代謝系である。この代謝系はこれまで気付かれなかっただけで、他の細菌類にも存在する可能性がある。 上記の遺伝子をノックアウトすると、変異株が示す表現型は78℃で増殖できないこととカロテノイド色素の生産が見られなくなることである。高度好熱性細菌T.thermophilusは長直鎖および分岐型といった特異なポリアミンを生産するが、特に分岐型ポリアミンを添加するとこれら二つの表現型が元に復帰する。すなわち、これらの特異なポリアミシはカロテノイド生産と高温下の生体反応に必須である。変異株にスペルミジンを添加しても、細胞内にこれらの特異ポリアミンが生産され、高温下の増殖とカロテノイド生産能が回復する。分岐型ポリアミンは特にRNAを安定化するので、高温下に特異ポリアミンの存在を要求する生体反応はRNA関連の反応であろう。
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