研究概要 |
1970年代初頭に大気汚染成分の「光化学スモッグ(光化学オキシダント)」が社会的に注目されるようになり,各種の研究が進んだ。光化学オキシダントの主成分はオゾンであり,その強い酸化力は植物にのみならず,人間を含む動物にも広く悪影響を及ぼすことが明らかとなっている。排出源は,自動車や工場であり,各種の法規制が設けられているが,都市周辺部では依然として発生が頻発している。光化学オキシダントは日差しが強く,温暖で風の弱い気象条件下で形成されやすく,丁度その時期は重要な夏作物の生育期と重なるために,事情は深刻である。オゾンが発生すると,可視被害となって植物の葉や花の脱色素が生じたり,さらには乾物生産や収量の低下が起こる。本研究では,日本の主要作物であるイネを題材として,先ず,警報発令程度の濃度(0.1,0.3ppm)のオゾンが水稲の光合成,呼吸,乾物生産および収量生産に及ぼす影響を確認し,次に,近年その濃度上昇が地球温暖化をもたらすと問題視されている大気レベルの2倍程度の二酸化炭素を同時暴露して,2者による相互作用を解析した。その結果,オゾン単独暴露はイネの光合成機能を阻害し,暴露1日後には葉に可視被害が出現すること,また,被害の程度は下位葉で大きく,未展開葉は被害を受けないことが明らかになった。この影響は,純同化率の低下をもたらし,ひいては乾物生産と収量の低下をもたらした。しかしながら,高二酸化炭素濃度が存在するとオゾンによる植物被害が大きく軽減された。その主因は,高二酸化炭素により葉の表面に分布する気孔の開度が低下し,オゾンの葉内への侵入を物理的に阻害することにあったが,葉内の抗酸化物質等のレベルも問題であることが示唆された。また,障害の修復とみられる呼吸の昂進が起こったり,不稔歩合の上昇がみられないなど,さらに解明を進めるべき問題の山積していることが認識された。
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