生体の水の物性は、NMRの原理を応用し、水素原子核の動きを観測することにより得られる。医学臨床面でのNMRの応用は目覚ましいが、植物での研究例は限られており、特に種子に閉じこめられた水の物性は全く知られていない。登熟した種子に存在する10%ほどの水はガラス化した水として、長期間の乾燥に耐える結合水の性質を持ち、これは生命を維持する種子の特殊な保水能としてとらえることができる。 ^1H-NMR緩和時間により得られる自由水と結合水の変化について、サツマイモ塊根、牧草の葉身や根における温度ストレス応答を報告した(Iwaya-Inoue et al.2004.)。さらに、これらの作物を含む様々な植物の器官の水の分子動態の変化について総説を著した(Iwaya-Inoue et al.2004)。 2005年度は、この知見と技術をもとに種子に存在する水の物性について以下の研究を行った。種子はABAの蓄積により乾燥耐性をもつが、イネ種子のABA蓄積過程と水の特性についての関係を明らかにした(Ishibashi et al.2005)。さらに、水の物性がイネの登熟過程における温度ストレスによる種子の品質低下の指標となることを示した(Funaba et al.2005)。一方、吸水時に発芽障害を受けやすいダイズ種子の吸水機構(Ishibashi et al.2005)、乾燥感受性種子として知られるワイルドライスの種子の水の特異的な動態を解明した(Matsuishi et al.2005)。最近、少量の降雨により収穫期に穂中で発芽する「穂発芽」問題について、アスコルビン酸が穂発芽の抑制に有効であることを明らかにした(Ishibashi and Iwaya-Inoue 2006)。
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