超好熱菌(hyperthermophile)は90℃以上でも生育可能な微生物であるが、生物がなぜこのような高温環境で生育し増殖できるのかという命題は極めて興味深い。これまでにタンパクの高い熱安定性、エーテル脂質・tRNAの特異修飾などが指摘されているが、実際には数多くの要因からなる相加的・相乗的な効果により超好熱性が達成されているものと推測される。本研究では我々が独自にゲノム解析した超好熱始原菌Thermococcus kodakaraensis KOD1株を研究対象とし、高温感受性株の解析などから超好熱性を付与する遺伝子を多数同定することを目指す。 T. Kodakaraensisの利点は形質転換手法が確立されており、遺伝学的手法を駆使できることである。上述の高温感受性株の単離のために、まず超好熱菌ではこれまで例のないトランスポゾンによるランダム変異ライブラリーの作製を試みた。挿入配列による変異頻度が高いことが知られている好酸好熱菌Sulfolobus solfataricusおよび複合型トランスポゾンが挿入されている超好熱菌P. furiosusからtransposase遺伝子のクローニングおよびT. kodakaraensisにおけるトランスポゾン変異を試みているが、現在までにトランスポゾンの転移は確認できていない。今後、transposase遺伝子を強制発現させるプロモーター領域の導入やtransposaseが認識する反復配列、ベクターのデザインについて検討を加える。 一方、T. kodakaraensisを含む超好熱菌にのみ存在し、常温生物や好熱菌には存在しない遺伝子として染色体DNAのポジティブコイル形成を促進するreverse gyrase (Rgy)が知られている。そこでT. kodakaraensisのrgy遺伝子の破壊を試みたところ、破壊株を取得することができた。さらにrgy破壊株は80℃以上の高温において顕著に比増殖速度が低下し、野生株が生育可能な93℃では増殖しなかった。これらの結果はrgyが超好熱性の発現に重要な遺伝子であるものの、90℃までの環境では必須ではないことを示している。これは生命がどのような環境で生まれたかを考察する上でも興味深い結果と言える。
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