マイクロアレイ解析は、薬剤の薬効や毒性の評価に強力なツールであるが、マイクログラム単位のRNAを必要とするために、臓器や組織といったヘテロな細胞集団を用いて行われている。ある臓器である遺伝子の発現変化が見られた場合、実際にこの変化がどの細胞で起きたのか、構成細胞の変化によるのかを調べるためには、有効な解析手段が存在しなかった。そこで本研究では、臓器を構成する細胞の種類毎にRNAを増幅してスポットしたアレイを作製し、特定の遺伝子がシングルセルレベルでどのように発現変化するかを高感度で検出する解析系を確立することを目的とする。本研究を達成する上で最も問題となるのは、臓器内に疎らに散在する細胞のRNAをいかに単離してこれを増幅するかである。そこで研究代表者は、胃体部に存在するマスト細胞に焦点を当て、マウス胃切片からのマスト細胞RNA単離と増幅を試みた。マスト細胞の剥離は、パッチクランプ用キャピラリ電極を用い、レーザーマイクロダイセクション(LCM)用のキャップを使用して回収した。また15細胞(約40-50pg)を元にしてoligo(dT)-T7法(Eberwine法)による増幅を3回繰り返すことで、10^6〜10^7倍の増幅が可能であり、この増幅により約100μg以上のRNAが得られた。これはアレイ作成に十分な量であると判断された。またこの増幅産物の質を調べるためにマイクロアレイ解析を3回独立して行ったところ、発現シグナルの相関係数は0.9以上の値を示し、同様の遺伝子が増幅されていることが判った。胃の粘膜層や筋層については、LCMによる単離と通常のRNA増幅が可能であった。以上の結果から、本シングルセルRNA増幅法を使用すれば、シングルセルRNAアレイの実現は十分に可能であると判断された。
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