生体膜を情報伝達の「場」として捉え、摂取する栄養素や種々の疾病が生体膜の組成を変化させると「場」の変化自体がシグナルとなって生体の代謝状態を変動させるのではないかという仮説のもと、生体膜の物理化学的性質を変化させ、細胞内外の状況に応じた代謝活性の制御が行われているか解析を行った。まず、糖尿病状態では血中の脂質濃度の上昇や組成の変化が著明である。また、種々の代謝調節が破綻していることから、細胞膜を介して行われるインスリンの情報伝達が脂質組成の違いによって変化するか分析した。インスリンの主要標的組織である肝臓を対象とし、初代培養肝細胞や株化細胞を用いて、膜のコレステロール含量をβ-シクロデキストリンにより減少させたところ、インスリン受容体(IR)のリン酸化は変化しなかったものの、インスリン受容体基質(IRS)-1のチロシンリン酸化量は著しく減少した。初代培養肝細胞において培地中の遊離脂肪酸の組成を変化させたが、IRS-1のチロシンリン酸化量に変化は確認できなかった。ヒトGH遺伝子導入ラット(TG)の1系統においてはwild type(WT)と比べて5倍程度の血中高インスリン値を示し、高脂血症を呈するが、このラットから得た初代培養肝細胞ではインスリンシグナルがフィードバック阻害されていると予想される状況にも関わらず、IRS-2を介したインスリンシグナルの増強が認められた。また、インスリン処理によって速やかに遺伝子発現が抑制されることが知られているインスリン様成長因子結合タンパク質(IGFBP)-1についてWTとTGの初代培養肝細胞を用いて調べたところ、mRNA量に違いは認められず、タンパク質量は高値であった。これらの結果から生体膜の脂質組成の変化がインスリンシグナルに変化をもたらし、細胞内の代謝制御活性を調節している可能性が示唆された。
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