生体膜は細胞の主要な構成成分であり、その物理化学的な特性の変化が細胞内情報経路を活性化や修飾しているのではないかという仮説のもと、インスリンシグナルが細胞膜組成の変化によって調節されるか解析した。インスリンの主要標的組織である肝臓を対象とし、株化細胞の培養系でコレステロール含量を変化させたところ、インスリン受容体基質(IRS)-1のチロシンリン酸化量は著しく減少した。培地中の遊離脂肪酸の組成を変化させたところ、インスリン処理によって速やかに遺伝子発現が抑制されることが知られているインスリン様成長因子結合タンパク質(IGFBP)-1のタンパク質量が高値になった。高脂肪食を給餌したマウスを用いて解析したところ、大腸と骨髄においてregistin-like molecule(RELM)-β及びγの発現量が増加した。これらの分子はアディポサイトカインの一種であり、組織のインスリン感受性を調節すると考えられているが、registinや他のRELMと異なり脂肪組織ではなく腸管で主として産生されている。よって、高脂肪食が腸や骨髄に作用してRELMサブタイプの発現量を調節する新たな機構が確認された。また、RELM-βについては、これを培養肝細胞の培地に添加すると、IRS-1及びIRS-2タンパク質量が減少することが明らかとなった。この際、MAPKシグナルのうち、ERKとp38は著明に活性化されることが明らかとなった。すなわち、生体膜の脂質組成の変化は肝臓に特異的に作用してインスリンシグナルを調節することに加えて、腸管に作用してインスリンシグナル関連分子の産生量を調節し、血中レベルの変化を介して間接的に肝臓細胞に作用してそのインスリンシグナルを調節することも明らかになった。以上の結果から脂質組成の変化が肝臓や腸に作用して生体における代謝制御活性を調節する機構が示された。
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