私達はヒト胎盤を酵素的に処理して培養し、その上清中あるいは細胞抽出物中のヒト血管内皮成長因子(human vascular endothelial growth factor: hVEGF)を測定した。その結果、胎盤由来間葉系細胞(human placenta-derived mesenchymal cells: hPDMC)が多量のhVEGFを産生することを見い出している。胎盤は、これまで医療廃棄物として処理されてきた。しかし胎盤は有効利用可能な臓器であり、再生医療や血管新生療法のための細胞資源として極めて有用であると考えられるが、このような発想は文献や学会報告を見る限りなされていない。本研究の目的は、(1)hPDMCから産生されるhVEGFの生物活性をヒト臍帯静脈血管内皮細胞(human umbilical vein endothelial cell: hUVEC)の増殖で検討してこれを証明する、(2)hPDMCからhVEGF以外の増殖因子が産生されていないかを検討する、(3)虚血動物モデルを用い、hPDMCの細胞移植が血流を改善するか否かを検討する、の3つである。移植されたhPDMCは局所でhVEGFを産生した後、最終的には拒絶されると考えられるが、幹細胞の性質を有していれば血管内皮細胞に分化する可能性もある。これについても免疫組織化学で検討する予定である。hPDMCの細胞移植は虚血部位での局所作用性、安全性、低侵襲性の全て点から、これまで報告されているいずれの治療法よりもすぐれている。また胎盤からは大量に細胞が調整できるので、本研究の成果は、ヒトに対する副作用がなく有効で、かつ医療経済的効率の良い血管新生治療を確立させることにつながると期待される。 本年度は研究目的の(1)、及び(3)を中心に検討を行った。その結果、胎盤細胞の培養上清はhVEGFの生物学的活性を有し、ELISAで測定したhVEGFよりも高い活性を示した。このことは胎盤細胞が産生するhVEGFが生理活性を有すことだけでなく、hUVECを増殖させる他の因子も産生していることを示唆する。さらにin vivoで虚血マウスに対する細胞移植療法を行った。麻酔下でNOD/Shi-scidマウスの大腿動静脈を結紮し、片側下肢虚血モデル動物を作製した。レーザードップラーイメージングシステム(Moor LDIシステム)により手術後の血流を測定した。胎盤由来細胞1x10e6個をPBS 0.1mlに懸濁し虚血部位数箇所に分けて筋注し、対照群と比較した。その結果胎盤由来細胞移植群で有意に虚血が改善した。下肢の筋組織を固定して免疫組織化学により新生血管の数を調べたところ、これも胎盤細胞移植群で増加していた。これらの結果より、培養胎盤細胞の移植が、ヒトの虚血性疾患の新しい治療法になりうることが示唆された。
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