研究概要 |
本研究は、ソーシャルコミュニケーションの基本をなす他者の心の状態を類推する機能の脳内基盤について明らかにすることを最終的な目的としている。この2年間の研究期間において、他者の心の状態を類推する機能として曖昧な表情認知に着目し、新規に認知心理課題を作成し、その有用性の明らかにするために、健常者を対象とした脳機能画像解析手法を用いた検討を行った。 健常成人20例を対象に、1.5Tの島津Marconi社製のMRI装置を用い、曖昧な表情認知課題を遂行中のfMRIを撮像した。課題はevent-related designとし、曖昧表情条件(喜びと悲しみが入り混ざった曖昧な表情)、100%の単一感情の表情条件、50%の単一感情の3つの表情条件を設定した。被験者は提示された表情が「嬉しい表情」「悲しい表情」どちらに見えるかをボタン押しで選択し、その間の脳活動を測定した。解析はSPM2を用いて前処理を行った後、各条件間の差分解析を行い比較検討した。 その結果、曖昧表情条件と100%の単一感情の表情条件の差分解析では右上前頭回(BA8)と右下前頭回(BA46)の活動が有意に認められた。また曖昧表情条件と50%の単一感情の3つの表情条件の差分解析では、右帯状回前部(BA24,42)の有意な活動が認められた。すなわち、曖昧な表情を認識するときには、明確な表情の時に比べて右の前頭前野や背外側前頭前野などの特異なネットワークを形成している可能性が示唆された。また、同じ微妙な表情でも、複数の感情が入り交じった表情では、単一感情の微妙な表情の時に比べて、より感情刺激に意味に関する情報処理が活発に行われていることが考えられた。 本研究の実施により、ソーシャルコミュニケーションを行うために重要な曖昧な表情認知に関する脳内基盤の一端が明らかになった。今後、これらの基礎的知見をふまえ、よりよいソーシャルコミュニケーションための方策を脳科学的に検証すること、この機能の低下した精神障害の有効な心理社会的サポートに応用を図っていくことが必要である。
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