研究概要 |
3次元空間では観察者から手の届く範囲の空間(近空間)と届かない空間(遠空間)にあるオブジェクトに対して,異なる空間参照枠(それぞれ自己中心と他者中心)に基づいた注意作用が生じることが示唆されている.本年度は近・遠空間での視覚オブジェクトに基づく注意の脳機構を,事象関連電位(ERP)の諸成分を指標にして検討した.刺激(視角度等)と課題が一定の実験事態において,刺激の絶対的奥行き(観察距離)による以下のような違いがあった. 1.絶対的奥行きが注意制御過程に及ぼす影響 手がかり刺激に誘発されたERP成分のうち,注意シフト制御過程を反映する前頭部のADANは,遠空間では右・左視野への注意シフトに対応してそれぞれ左・右半球に対称に惹起されたが,近空間では右視野へのシフトに対する左半球での効果がより増大した.また,感覚領野の準備活動を反映する後頭側頭部のLDAPは近空間でのみ右半球優位に観察された. 2.絶対的奥行きが注意選択過程に及ぼす影響 1)一過性注意課題 手がかり後の課題関連刺激に誘発されたERPの注意効果(手がかり有効性)のうち,後頭側頭部のN1注意効果は近空間では左視野の刺激に対してより増大したが,遠空間では左右対称であった. 2)持続性注意課題 一方,高負荷の持続性注意課題においては,ERP注意効果のうち,背側視覚経路に由来すると考えられる頭頂部の初期P1の注意効果が,近空間において左視野で増大した. 以上は,近空間には右半球が関与する注意の左視野バイアスがあることを示す神経心理学的知見に一致する.ERPを用いたことにより特に,この不随意的な空間異方性が注意制御過程および初期の刺激選択過程の両方にあることが明らかにされた.また近空間の左視野バイアスは,注意が一過性であるか持続性であるかによって,オブジェクトの異なる処理段階(P1とN1に反映される)に生じることが示唆された。
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