研究概要 |
人の透明面知覚がどのようなメカニズムで実現されているのかという問題は,脳の視覚情報処理を明らかにする上で本質的に重要である.本研究では,運動視及び両眼視モジュールに焦点を絞り,その細胞集団(ポピュレーション)の透明面符号化の特性や限界を理論的に明らかにするとともに,対応する心理物理学実験を行うことで透明面知覚機序の解明を目指している. 本年度は,大きく分けて二つの研究を並行して進め,以下のような成果を得た. 1.多重表面検出の拘束条件とmetamer錯視の導出 物理的には異なるが,ポピュレーション応答が類似しているために区別できない刺激の組をmetamerと呼ぶ.本研究では,任意の二刺激に対する応答の類似度を定量的に評価する数理モデルを構築するとともに,様々な類似度を持つ二重運動と三重運動の刺激組を実際に構成し心理実験を行った.この結果,類似度が一定の値を超えると表面数の少ない面が知覚されやすくなることを明らかにした.この知見から,脳ではスパースネスの条件がsoft constraintの形で用いられ,常に最も近い二重運動が知覚されるのではないことが示唆された. 2.表面間干渉の心理物理学的研究 一般に透明面は単一面に比べて知覚し難いことが知られている.本研究では,運動方向の知覚精度を心理実験により測定し,このデータを定量的に説明するモデルを構築した.その結果,透明面検出のコストは,脳のノイズ除去機構が透明面では機能しないために生じていることが示唆された.また,重畳パターン間に相関のある特殊な刺激(LPD刺激)では運動視,両眼視ともに透明面を正しく検出できず,パターンの相関を下げると再び透明視が生じることを心理実験で明らかにした.この結果は,エネルギーモデルで生じる表面間干渉応答で説明できる.これらの知見から,脳には透明視に特化した表面検出機構が存在しないことが示唆された.
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